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AIと証言による白黒写真のカラー化

「AIと証言による白黒写真のカラー化」の画像

はじめに

 長岡市では、渡邉英徳・東京大学大学院教授及び新潟日報社と共同で、戦前から戦後復興期までの白黒写真をAI画像認識と空襲体験者等からの聞き取りによりカラー化する「『空襲から復興へ』AIと証言による白黒写真のカラー化」を実施しました。
 令和2年(2020年)は長岡空襲から75年の節目の年でした。しかし、新型コロナウイルス感染症の影響により、平和関連行事が縮小されたほか、空襲体験者の体験談を直接聞いてもらうことが難しい状況となっていたことから、戦災体験の継承に新たな発想や最新技術が寄与する可能性を模索し、実施したものです。
 空襲体験者が持つ心象風景をよりリアルな形で表現することにより、戦前から空襲を経て復興に至る幅広い記憶と体験者の想いが継承することを期待しています。また、市民の皆さんに新しい発想や先進技術を身近に感じていただきたいと考えています。

令和2年度実施分

柿町の広西寺を学寮とした駒沢国民学校児童

撮影時期:昭和20年(1945)10月下旬頃 所蔵:長岡戦災資料館

「柿町の広西寺を学寮とした駒沢国民学校児童」の画像

表町2丁目の被害状況

撮影時期:昭和20年(1945) 所蔵:長岡戦災資料館

「表町2丁目の被害状況」の画像

昭和20年11月頃の大手通り

撮影時期:昭和20年(1945)11月頃 所蔵:長岡戦災資料館

「昭和20年11月頃の大手通り」の画像

新潟県産業博覧会(長岡博)正面切符売場

撮影時期:昭和25年(1950)7・8月頃(7月20日~8月31日の会期中に撮影) 所蔵:長岡市立中央図書館文書資料室

「新潟県産業博覧会(長岡博)正面切符売場」の画像

昭和30年の長岡駅前・大手通り

撮影時期:昭和30年(1955) 所蔵:長岡市広報課

「昭和30年の長岡駅前・大手通り」の画像

出征する清水健治さんを送る家族・親戚

撮影時期:昭和12年(1937) 所蔵:清水誠一氏

「出征する清水健治さんを送る家族・親戚」の画像

父親のお見舞いに行った村松の陸軍病院で撮影された金子家の家族写真

撮影時期:昭和13年(1938) 所蔵:金子登美氏

「父親のお見舞いに行った村松の陸軍病院で撮影された金子家の家族写真」の画像

※ 本写真を公表した令和2年12月時点では、写真タイトルを「父親のお見舞いに行った村松陸軍病院で撮影された金子家の家族写真」としていました。その後、写真をご覧になった方からご指摘があり精査したところ、昭和13年夏時点での病院の名称は「村松陸軍病院」ではなく「新発田陸軍病院臨時村松分院」であることが判明しました。そのため、当ホームページ公開時点から、当写真のタイトルを「父親のお見舞いに行った村松の陸軍病院で撮影された金子家の家族写真」とします。なお、掲載した新聞記事の表記は、記事掲載時のままとしました。

注意事項

  • 当ページの免責事項や、各種権利および義務の取り扱いについては、こちらをご参照ください。
  • 使用・展示等の2次利用に関するご相談は、庶務課までお問合せください。

このページの担当

庶務課
TEL:0258-39-2203  FAX:0258-39-2275
メール:syomu@city.nagaoka.lg.jp