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新春トーク〜

「新しい米百俵」で 切り開く長岡の未来

 長岡開府400年の節目となった昨年、市民挙げてさまざまな記念事業が行われました。平成31年は、新たな100年を刻むスタートの年。市長が長岡出身の2人と“「新しい米百俵」で切り開く長岡の未来”をテーマに、長岡への想いと期待を語り合いました。

新春トークの様子

星野知子(ほしのともこ)さん たかのりさん


長岡市出身、昭和32年生まれ。昭和55年のNHK連続テレビ小説「なっちゃんの写真館」で主演デビュー後、映画・ドラマに多数出演。ニュース番組のキャスターや音楽番組の司会も務めるなど、多方面で活躍。著書も多く「今を生きる『武士の娘』鉞子へのファンレター」などがある。 長岡市在住、昭和54年生まれ。平成11年にいとこ(ぴろんさん)と音楽ユニット「ひなた」を結成、リーダーを務める。県内を中心にライブを行い、毎年6月に全国ツアーを開催。平成28年から毎年12月にアオーレ長岡で音楽イベント「長岡音むすびフェス」を主催する。



市長 あけましておめでとうございます。
 昨年は長岡市にとって長岡開府400年という歴史の大きな節目でした。星野さんには、5月の記念式典(写真@)でビデオメッセージをいただき、ありがとうございました。
 星野さんは、昭和55年にNHKの朝の連続テレビ小説「なっちゃんの写真館」で彗星(すいせい)のようにデビューされました。以来、女優やエッセイストとしてご活躍され、長岡が生んだ女優として市民の誇りです。子どものころからテレビの世界を目指していたのですか。
星野 実は「女優を目指す」という思いはなくて(笑)。長岡の高校から東京の大学に進み、いろんな偶然とチャンスが重なって、卒業と同時に朝ドラ出演でした。まるでNHKに半年間就職するみたいな。セリフや演技の勉強は全くしたことがなかったんです。でも、とても新しい世界で、人生がパッと広がり、これからの自分への可能性を感じました。
 音楽番組の司会をやったり、紀行番組で世界を旅したり、ニュースキャスターも。本当は“コレ”という一つを決めたかったのですが、結局決められなくて。でも「それも私らしいかな」と思ったら気が楽になりました。
市長 星野さんにとってすばらしい選択だったということですね。
 たかのりさんは、音楽ユニット「ひなた」のリーダーとして、市内、県内を中心に活躍しています。音楽の道を目指すきっかけは何でしたか。
たかのり 1歳上の兄が、私が18歳のときに父親のギターを使って自分の前で1曲弾いたんです。それが格好良くて。そこから1人で長岡駅前などで路上ライブを行うようになりました。そして19歳のとき、後にメンバーとなる相方(いとこ)と初めて音楽をしたんです。世界が広がった感覚に包まれ、本気で音楽を目指そうと思いました。
 その後23歳で上京し、47都道府県を47日で回る「路上ライブの旅」にも挑戦しました。車1台に2人で乗って毎日移動しながら。
星野 きつくなかったですか。
たかのり 旅の後、歌い過ぎて声をつぶしてしまったんです。楽しかった音楽が“苦しい”に変わって…。そんなときに、相方が自分のパートを歌ってくれたり、長岡のみなさんが支えてくれたりして、乗り越えることができました。

受け継がれる“米百俵”

市長 長岡市民には“みんなで人を育てていこう”という「米百俵の精神」が受け継がれています。阪之上小学校では毎年、6年生が「米百俵」の英語劇を上演しています(写真A)。
星野 私は小学生の道徳の授業で米百俵の精神を習って、クラスのみんなが「長岡ってすごい」って感じていたと思います。それはいつの間にか記憶から薄れていくのですが、心の奥に確かなものとして残っているんです。
 私は今、JICA(ジャイカ)(国際協力機構)の作文コンテストの審査員をしています。何万という応募から最終審査に残った20作品の中に長岡の女子高生がいたんですが、その出だしが「米百俵」。「これからの国際協力は、物を支援するだけではなく、米百俵の精神で何ができるかを考えることが大切です」という内容でした。しみじみ、長岡の子どもたちにしっかりと受け継がれているなあって、うれしくなりました。
市長 それはうれしい話ですね。大人になって学ぶより、子どものころに感じたことって心に留まります。これからも、子どもたちがふるさとに誇りを持てるような教育を進めていきます。

感動や喜びが創造力を育む

市長 たかのりさんは子どもたちに感動や夢を伝える活動をされています。
たかのり 小・中学校を中心に「夢先生」と題して、講演と音楽ライブを一緒にした授業をしています。15年ほどで約60校を回りました。
 そこで感じるのは、子どもたちの夢が変化してきているということです。かつては、スポーツ選手や歌手になりたい子が多かったのですが、今は夢を持っていない子もいます。
市長 スポーツや何かが抜群なら夢も明確になりますが、みんながみんなそうではない。夢を持たなきゃだめだと言われると、その子は苦しいんです。「今はない」でもいいと思います。
たかのり そうなんです。私はたまたま兄の影響でギターを持つようになりましたが、小学校で生のギターで盛り上がったり、音楽を肌で感じたりする機会は少ないですよね。だから、子どもたちには、今は夢がなくても自信を持っていいよって話をします。そして、夢は幾つあってもいいし、楽しいことを感動に変えて自分のやりたいことを夢にしていこうって。
市長 ひなたのお二人からは、昨年4月に開校した岡南小学校の校歌を作っていただきました(写真D)。今まで、こんなに若い人が校歌を作ったことはなかったと思います。
星野 でも、それを頼む長岡市というのもすごく斬新ですね。
市長 地元のみなさんからいい校歌を作りたいという強い思いで、希望が寄せられたんです。
たかのり 話を聞いたときは「私たちでいいんですか」と言いました。でも、せっかくのお話しですし、一生に一度あるかないかの貴重な機会です。それならばと、地域のみなさんや校長先生からテーマをもらい、子どもたちからも言葉を出してもらって「みんなで作っていきましょう」と話をしました。「ひなた」らしく、できるだけわかりやすく、メロディーも覚えやすいものにしました。
星野 地域のみなさんの声と想いが詰まった校歌、すばらしいですね。
たかのり 改めて長岡のまちの温かさを感じました。
市長 初めて聴くようなすばらしい校歌で、開校式で子どもたちの元気いっぱいの歌声に感動しました。
 感動や喜びは、変化の早いこれからの時代を切り開いていくために必要な創造力を育てます。校歌を一緒に作ったことは、子どもたちにとって貴重な経験になったと思います。

支え合う市民に誇り

星野 何か一大事が起きると人って頑張れるし、普段とは違う大きな力が生まれます。
 長岡の場合は、戦争の焼け野原から復興して長く平和な時代が続く中で、中越大震災が起きました。市民のみなさんはとてもつらい思いをされましたが、私のように長岡を離れて暮らしている人も、何がどれだけ失われたのか、それでどうしなきゃいけないのか、すごく考えました。その中で、みんなが長岡の歴史や風土をもう一度しっかり確かめようという機運が高まった気がします。
市長 戊辰戦争で焼け野原となり、小林虎三郎が「米百俵」を言ったときと同じような精神状況や環境になっているんだと思います。
たかのり 震災時、私はコンサートで名古屋にいて、震度2ぐらいでした。長岡に帰ってきて感じたのが、みんなが助け合い、一丸となって頑張っている姿でした。
星野 ニュースを見ていると、長岡のみなさんが「せつねえですて」って言うじゃないですか。でも、決して怒っているわけじゃなくて、我慢する、諦めるところは諦めるんだけど希望を持って頑張る。「せつねえ」という言葉にその思いがこもっていて、長岡の人の心の温かさにも通じる気がします。
市長 当時、全国から報道機関が押し掛けました。みなさん一様に「つらい人が何で『ありがとう、ありがとう、よく来てくれた』と言うんだろう」って言うんですよ。
 町内会や民生・児童委員、消防団員をはじめとした多くのみなさんが、自分たちの地域を守ろう、支え合おうと動いてくれたことを覚えています。そして今も、多くのみなさんがボランティア精神で活動してくれていることは長岡の自慢です。
星野 長岡の人たちにとっては当たり前なのかもしれませんが、なかなかできるものではなく、すばらしい美徳ですよね。

市民挙げて「新しい米百俵」

市長 昨年は開府400年で長岡の伝統、精神文化に注目が集まりました。今年からは、人材育成と未来への投資に取り組む「新しい米百俵」を市民のみなさんと一緒に始めます。
 長岡をもっと活力あるまちにするには、子どもと若者をもっと元気にすることです。今年4月、長岡に中越地域初の看護大学となる長岡崇徳大学が開校し、4大学1高専になります。市内の学生数は5千人を超え、留学生も400人近くいて、その力をぜひ長岡の未来につなげていきたいと思っています。
たかのり 学生の力は、今しかないと言ったら言い過ぎかもしれませんが、その瞬間をもっと熱くさせたいです。
 3年前から、アオーレ長岡で「長岡音むすびフェス」を主催しています(写真E)。長岡らしい冬の音楽イベントをしたいと考えていたときに、駅前にはアオーレがあって、屋根のあるナカドマはまるでかまくらのような温かさ。だったら、人と人、まちを結び付ける、縁結びのフェスをしようと。若い人たちが運営に協力してくれて、ときに驚くような熱量を生み出してくれます。
星野 学校があることで若い人たちが集まり、まちに活気が生まれますよね。人生にとって大事な時間となる学生時代を長岡という地に来て、いろんな地域・国の人たちが出会い影響を受ける。中には長岡のためにと就職してくれる人もいるだろうし、外に出て活躍しながら長岡を思う人もいるだろうし、学生の存在は長岡の大きな魅力、活力になります。
市長 長岡造形大学には、学生が千人ほどいて8割近くは女性です。新しい時代を創るには、女性の活躍をしっかりと後押しすることが大事だと思っています。
 その先駆者が長岡藩の家老・稲垣平助の娘・杉本鉞子(えつこ)さん。アメリカに渡り、日本文化を紹介する小説「武士の娘」を執筆し、全米でベストセラーとなりました。
星野 鉞子さんは私が深く尊敬している方です。長岡の雪深いところに生まれ育ち、アメリカにお嫁に行くわけですが、そこで古き良き日本の、長岡の美徳や文化をアメリカ人に伝える本を書きました、英文で。ヨーロッパでも翻訳されています。大正時代から日本人の美徳や伝統を西洋の人たちに伝えてくれました。しかも鉞子さんは歴史家や研究者ではなく、ごく普通の女性です。
市長 星野さんはご自身の著書「今を生きる 『武士の娘』 鉞子へのファンレター」の中で、鉞子さんが紹介した料理を写真付きで解説していますね。
星野 私が自分で作って、自分で撮影しました。しょうゆ赤飯とかね。
 「武士の娘」の出だしって「外国のみなさんは日本を暖かくて日の照る国だと思われるでしょうが」というふうに始まります。横浜や関東に来た外国の人の視点を入れ、「自分のふるさとはとても雪深く、でもとってもそれが美しい」と続きます。それを読んだとき、もうジーンときまして。鉞子さんは長岡の風土を誇りに思っていたんですよね。

日本一住みやすいまちへ、未来を切り開く

市長 これからの社会は、若者や女性の発想力やアイデアがカギになってきます。福祉、産業、教育、もちろん音楽も、あらゆる分野の課題に対して、新しい発想、AI(人工知能)やIoT(アイオーティー)※などの新技術を取り入れて解決を図っていきたいと思います。
 すでに具体的な成果が上がっていて、在宅介護や救急医療を支える「フェニックスネット」、ドローンを活用してお米の生産性を高める「スマート農業」。今年は、山古志地域で自動車の自動運転サービスの実証実験も行われます。
 昨年6月には、国漢学校の跡地(旧大和長岡店ビル1階)に学生や企業の交流の場「NaDeC BASE(ナデックベース)」を作りました(12ページ。写真F)。人材育成と産業振興を図る拠点です。
たかのり 空間の仕切りがなくオープンな雰囲気は、いろんな人たちの縁が生まれ、新しいことが起きそうだなと感じました。私も音むすびフェスを企画していますが、若い人や女性、企業の人たちがいろんなことにチャレンジする場になるといいですね。
市長 星野さんには昨年8月の平和フォーラムでご講演いただきました(写真3)。長岡市は、12月8日の米軍主催の真珠湾追悼式典に日本の自治体で唯一招待され、出席してきました(8ページ)。山本五十六を生み、空襲を受けた長岡にしかできない“世界平和への想い”を発信していかなければいけないと、思いを新たにしました。
星野 長岡の花火は子どものころから見ていますが、どこか切なくて哀愁があります。きれいだなとか、楽しかったなと思うのですが、終わって空が真っ暗になるとふっと感じるところがあって。長岡の人たちが慰霊や平和への願いを込めて見ているという一体感があって、大切にしたい長岡の財産です(写真4)。
市長 東京五輪に向けて、長岡の想いを発信し、観光産業の発展を図る拠点として「ながおか花火館(仮称)」を建設中です(13ページ)。また、醸造のまち・摂田屋の「機那(きな)サフラン酒本舗」もプレオープンできるように整備していきますので、多くのみなさんに長岡の魅力を伝えたいと思っています。
星野 とても楽しみですね。
たかのり 自分のまちに誇れるものがあるってうれしいです。長岡から外に行った人たちが戻って来たときに「おかえり!」と言えるような温かいまち、大好きなまちを音楽を通して盛り上げていきたいです。そして、長岡の良さを全国に発信できるように歌っていきます。
星野 私は歳を重ねるごとに、ふるさとがあるってありがたいなと思います。そして、それが長岡でよかったなと。外に出た立場として本当に勝手ではあるんですが、でもそのよかったなという思いは長岡に今住んでいる人たちにつくっていただいているもので、最近すごく感謝を感じます。
 お二人からいろいろなお話を伺い、米百俵も含めて過去を大事にしながら、長岡が新しい米百俵で前進していくという希望を持ちました。これからも長岡を応援していきます。
市長 市民のみなさんが「長岡に住んでいてよかった」と実感できるまちづくりを進めていきます。そして、歴史や文化も大切にしながら、子どもたちの夢、若者の夢、多くのみなさんの夢が花開くように応援していきます。
 長岡市は、未来を創る人材を育成し、未来につながる投資を行う「新しい米百俵」を大きく加速させ、未来を切り開いていきます。
※IoT(アイオーティー)…身の回りのあらゆるモノがインターネットにつながる仕組み(Internet of Thingsの略)


長岡開府400年記念式典の様子
@昨年5月にアオーレ長岡で開催した「長岡開府400年記念式典」。約2万人が来場
「米百俵」の英語劇の様子
A米百俵の精神を世界へ伝えようと、阪之上小学校の6年生が毎年上演している「米百俵」の英語劇

平和フォーラムの様子
B長岡空襲のあった8月1日に開催する平和フォーラム。昨年は星野さんが講演
長岡まつり大花火大会の様子
C慰霊と復興、平和への祈りを込めて打ち上げている長岡まつり大花火大会

「子どもたちに披露するひなた」の様子
D岡南小学校の新校歌を子どもたちに披露するひなた(中央がたかのりさん)
「長岡音むすびフェス」の様子
E毎年12月に開催する、ひなた主催の「長岡音むすびフェス」。大勢のアーティストが出演

NaDeC BASEの様子
F昨年6月、学生と企業の交流の場としてオープンした「NaDeC BASE(ナデックベース)」
プログラミングの出前授業の様子
G論理的思考を身に付けるために、昨年9月から各小学校で始めたプログラミングの出前授業


「星野さん」画像
「米百俵」が、子どもたちにしっかり
受け継がれていてうれしい。
―星野さん


「たかのりさん」画像
温かくて、大好きな長岡。
音楽でもっと熱くしていく!
―たかのりさん


「磯田市長」画像
人材の育成と未来につながる投資で、
長岡の活力を生み出す
―磯田市長



テレビ・ラジオでも
【テレビ】
放送日=1月1日(祝)午前11時から30分間(再放送は随時)
放送局=エヌ・シィ・ティ(ケーブルテレビ)


【ラジオ】
放送日=1月4日(金)・11日(金)午前7時15分から10分間(計2回) 放送局=FMながおか(80.7MHz)
※各放送翌日から市ホームページでも
新春トークの様子


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