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西福寺

長岡エリア

最終更新日 2016年4月1日

西福寺

 慶応4年(1868)5月19日、榎峠の攻略が難しいと判断した新政府軍は、大島、槇下から信濃川を渡河し、直接長岡城を攻撃してきました。
 この時、新政府軍の侵攻を城下に知らせるため、一藩士が鐘楼にかけのぼり、この鐘を乱打したといわれています。

<史跡顕彰説明板・説明文>
 西福寺の梵鐘は、明和3年(1766)に長岡藩お抱えの鋳物師田中多左衛門尉重定が造ったものです。鎌倉時代の作風を伝え、美しい龍頭が特徴。江戸時代の長岡の鋳物業は、新町村の土屋を中心にして栄えました。
 北越戊辰戦争では、長岡藩が落城した慶応4年(1868)5月19日の早朝、西軍来襲の際この鐘が乱打されました。
 長岡の歴史にとって、近代の夜明けを告げたことから「維新の暁鐘」と呼ばれるようになりました。
所在地 長岡市渡里町3丁目21番地【地図
アクセス JR長岡駅大手口より徒歩10分
駐車場 有り
問合せ 西福寺 TEL 0258-33-3197

このページの担当

観光企画課
TEL:0258-39-2344  FAX:0258-39-3234
メール:kanko@city.nagaoka.lg.jp

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