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史跡・石碑

「藤橋歴史の広場」の画像
藤橋歴史の広場
信濃川中流域の河岸段丘上に所在する縄文時代後期から晩期に至る集落跡です。
「馬高・三十稲場遺跡」の画像
馬高・三十稲場遺跡
「火焔土器」発祥の地として有名です。国の史跡に指定されています。
「大黒古戦場パーク」の画像
大黒古戦場パーク
北越戊辰戦争最大の激戦地だった場所です。
「八丁沖古戦場パーク」の画像
八丁沖古戦場パーク
八丁沖渡河作戦で上陸した場所に「八丁沖古戦場」の碑が建ち、八丁沖古戦場パークとして整備されています
「米百俵の碑」の画像
米百俵の碑
国漢学校跡地に建設されています。
「石彫の道」の画像
石彫の道
南蛮山の中腹にユニークな彫刻の森があります。
「貞心尼草庵・歌碑」の画像
貞心尼草庵・歌碑
貞心尼が住んでいた草庵です。近くに歌碑があります。
「瑞麟寺跡」の画像
瑞麟寺跡
軍事の傍ら瑞麟寺で修行した上杉謙信公は、ここで「義」の信念を見いだしました。
「謙信廟」の画像
謙信廟
大正4年(1915)、秋葉山の頂上に謙信公を祀る祠と、その登り口に石造りの大鳥居を建設。
「栃倉遺跡」の画像
栃倉遺跡
貞縄文時代中期の遺跡とされています。
「火焔型土器」の画像
火焔型土器
栃倉遺跡より出土しました。市の文化財に指定されています。
「上杉謙信筆五言対句」の画像
上杉謙信筆五言対句
上杉謙信公ゆかりの品です。県の文化財に指定されています。
「景虎安堵状」の画像
景虎安堵状
14歳の長尾景虎(後の上杉謙信)が書いた所領安堵状です。市の文化財に指定されています。
「景勝安堵状」の画像
景勝安堵状
景勝が書いた常安寺への安堵状です。市の文化財に指定されています。
「紙本著色 上杉謙信並二臣像」の画像
紙本著色 上杉謙信並二臣像
法印大和尚となった頃の謙信と二人の家臣の姿を描いたものといわれています。県の文化財に指定されています。
「富川大塊書屏風」の画像
富川大塊書屏風
筆力充実した大塊晩年52歳の作、六曲屏風です。市の文化財に指定されています。
「源義経の愛妾「静御前の墓」」の画像
源義経の愛妾「静御前の墓」
静御前は義経を追って平泉を目指し、越後から八十里越をし会津に抜けようとしたが栃堀で力つきたと云われています。
「東光寺仏像に関する貞和文書」の画像
東光寺仏像に関する貞和文書
東光寺仏像に関する由来などが書かれた古文書です。市の文化財に指定されています。
「桃里亭卯香女守門神社奉納画」の画像
桃里亭卯香女守門神社奉納画
守門神社の格天井に描かれた卯香女の画です。市の文化財に指定されています。
「追分地蔵」の画像
追分地蔵
栃尾地域の、塩川方面と樫出方面、それに菅畑を結ぶ三叉路があります。この分岐点に建てられている地蔵尊です。市の文化財に指定されています。
「見送り地蔵」の画像
見送り地蔵
森立峠に立つ地蔵尊です。高さ2.6メートルほどあります。市の文化財に指定されています。
「秋葉神社算額」の画像
秋葉神社算額
明治26年に諏佐嘉右エ門嘉継によって奉納された自問自答の数学の額です。市の文化財に指定されています。
「栃尾紬標本」の画像
栃尾紬標本
市の文化財に指定されていて栃尾紬を知る上で貴重な資料です。
「千石原遺跡」の画像
千石原遺跡
縄文中期の遺跡で、小高い丘陵地になっています。
「舟岡遺跡」の画像
舟岡遺跡
土偶が出土しています。市の文化財に指定されています。
「明新館支館跡」の画像
明新館支館跡
慶応2年に学問の奨励のため建てられた「明新館支館」跡です。
「木村家」の画像
木村家
良寛さんと貞心尼が出会った場所です。
「出田の宮詩歌碑」の画像
出田の宮詩歌碑
この詩は良寛さまが亡くなられる前の年に作られたものです。
「黒坂山歌碑」の画像
黒坂山歌碑
良寛さまが小黒家の庭から月を見て、ふと口をついて出た歌だといわれています。
「椿の森歌碑」の画像
椿の森歌碑
良寛さま遷化の地であり、乞食行脚の地である籠田で詠まれた和歌です。
「三波春夫顕彰碑」の画像
三波春夫顕彰碑
ふるさとを愛し、郷土発展に尽くされたご功績を称え、銅像、歌碑を建立しました。
「歴史たどって史跡めぐり(聚感園、白山媛神社)」の画像
歴史たどって史跡めぐり(聚感園、白山媛神社)
聚感園、行宮御遺蹟碑、弁慶の手掘井戸、越之浦神社、五十嵐伊織の墓、白山媛神社、二面神社を紹介しています。
「歴史たどって史跡めぐり(石碑、銅像等)」の画像
歴史たどって史跡めぐり(石碑、銅像等)
船絵馬、初君の歌碑、本間精一郎誕生の地、八百比丘尼の老松、立岩、順動丸シャフト、硯水の霊井を紹介しています。
「薬師如来12神将」の画像
薬師如来12神将
寅年ごとに開扉される以外は、秘仏となっています。県の文化財に指定されています。
「友情の双像」の画像
友情の双像
漢学者武石貞松と、同門の堀口九萬一とが手を握りあう双像が建立されています。
「真福寺」の画像
真福寺
一本の欅から二体の仁王尊が作られています。市の文化財に指定されています。
「木喰仏立木観音」の画像
木喰仏立木観音
木喰上人が、立木に彫ったとされる観音仏像です。市の文化財に指定されています。
「 マリア地蔵」の画像
マリア地蔵
隠れキリシタンが信仰したとされる石仏です。
「三十三番石仏群」の画像
三十三番石仏群
千谷沢龍光院の背後の山に、遊歩道に沿って点在している石仏群です。
「市指定文化財 百塚」の画像
市指定文化財 百塚
かつて丘陵上の浜街道に沿って塚が並んでいました。現在は17基残っています。文化財に指定されています。
「市指定文化財 越路町東谷山宿・松尾神社酒造図絵馬」の画像
市指定文化財 越路町東谷山宿・松尾神社酒造図絵馬
明治16年に東谷の松尾神社に奉納された酒造図絵馬です。有形文化財歴史資料に指定されています。
「めし塚とお汁塚」の画像
めし塚とお汁塚
源義家が、豪農の内藤清兵衛方に休息した時に使用したお椀、飯、汁を埋めて塚を築いたと云われている。
「井上円了頌徳碑」の画像
井上円了頌徳碑
明治の先覚者にして明冶20年哲学館(現東洋大学)を創設し、初代館主となり子弟教育に尽力する。その徳を記念し碑が建立されました。
「義民岡村権左衛門碑・から傘連判状」の画像
義民岡村権左衛門碑・から傘連判状
自ら犠牲になることで多くの住民の命を救った義民岡村権左衛門の碑と、減税嘆願の協議の場所となった山屋の三滝にからかさ連判状碑があります。
「荒屋遺跡」の画像
荒屋遺跡
今から約1万6千年前の後期旧石器時代の遺跡で、学術上極めて貴重な文化的遺産です。
「貞享2年川口組大絵図」の画像
貞享2年川口組大絵図
川口組の勢力分野を大絵図にしたものです。
「石川雲蝶の欄間」の画像
石川雲蝶の欄間
幕末の名工石川雲蝶が最も円熟した時の作品で、14面の欄間と4点の獅子頭は、芸術的にも優れています。
「木造地蔵菩薩座像」の画像
木造地蔵菩薩座像
子宝、安産の地蔵として深く信仰されています。
「御本陣入口の遺構」の画像
御本陣入口の遺構
三国街道の越後十四宿のひとつで参勤交代道中の大名の宿泊所でした。
「西倉遺跡」の画像
西倉遺跡
指の爪で模様をつけたと考えられる爪型文土器に特色があります。
「中越大震災跡(木篭)」の画像
中越大震災跡(木篭)
水没した家屋の一部は今も当時のまま残っています。
「中山隧道」の画像
中山隧道
現在も残るツルハシの痕跡など先人達の偉大なエネルギーと苦闘の歴史を伝えてくれる貴重な土木遺産です。
「梵鐘」の画像
梵鐘
謙信が修行した寺、瑞麟寺の唯一の遺品です。
「謙信公兜の前立」の画像
謙信公兜の前立
謙信が閲兵や儀式の時に兜に着用したものです。