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富川大塊書幟

栃尾エリア

最終更新日 2019年3月31日

富川大塊書幟

 富川大塊(1799~1855)は、栃尾町私塾復礼館館主大橋白鶴の長子として生まれ、10歳の時に、富川伊右衛門利光(としみつ)の養子となりました。
 富川家は代々検断職を勤めていましたが、養父伊右衛門が病弱であるため、文政2年(1819)、19歳で検断職見習となり、同6年25歳の時に、父の後を襲い検断となりました。
 書は広沢(こうたく)、董其昌(とうきしょう)、趙子昂(ちょうすごう)などを学びました。天保8年(1837)に、弟の直寛(なおひろ)に検断職を譲ってからは、京都や江戸、そして長崎に遊学し、佐藤小雪、細貝栗園など当代一流の文人墨客と交わり、また良寛とも交遊が厚かったということです。
 掲出の幟は大塊の晩年、50歳の時の書で、滝の下町の十二山神社に献上されたものです。すぐれた運筆の妙、そして虚飾なく、素朴さと同時に変化がみられ、まさに、書家大塊の人柄が自然に伝わってくる見事な作品です。
 なお、幟(2旒とも)下方には、「世話人、若連中」として、「和泉屋角右エ門、佐渡屋民蔵、中村屋甚蔵、越路屋吉エ門」の4人の名前が書かれています。

<長岡市指定文化財>
所在地 長岡市滝の下町(個人)【地図
時代 江戸末期嘉永元年

このページの担当

栃尾支所地域振興課
TEL:0258-52-1117  FAX:0258-52-3990
メール:tco-chiiki@city.nagaoka.lg.jp

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