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トップ > くらし・手続き > 文化・スポーツ・生涯学習 > 米百俵財団 > 米百俵賞の贈呈(「米百俵デー市民の集い」の開催)

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米百俵賞の贈呈(「米百俵デー市民の集い」の開催)

最終更新日 2016年4月25日

 長岡市は国漢学校新校舎開校の日(明治3年6月15日)にちなみ、平成8年に6月15日を「米百俵デー」に制定しました。
 米百俵賞は、この「米百俵デー」制定を機に、小林虎三郎の「米百俵」の精神を受け継ぎ、人材育成に大きな成果をあげた人・団体に贈る賞として長岡市米百俵財団が創設したものです。
 毎年、6月15日に「米百俵デー市民の集い」と銘打った記念式典を開催し、米百俵賞の贈呈式と講演会を行っています。
 ※今年度(平成28年度)の開催内容、申込方法等は、こちらを御覧ください。

 今年の第20回米百俵賞の受賞者が決定しました。
 受賞者及び功績概要は下記を御覧ください。また、これまでの受賞者及び功績概要につきましても下記を御覧ください。
 (参考に、第20回米百俵賞候補者の募集要項はこちらです。)

米百俵賞受賞者

○第20回米百俵賞(平成28年6月15日表彰予定)
 受賞団体 NPO法人 インクルいわて(岩手県盛岡市)

受賞団体 NPO法人 インクルいわて(岩手県盛岡市)

(功績)
 日本のひとり親家庭の貧困率は50%を超え、ひとり親やその子を取り巻く状況は先進国中でも最悪と言われていた。
 また、岩手県内においては、母子家庭約12,000世帯、父子家庭約1,100世帯のひとり親家庭が暮らしている中で、東日本大震災以前に県内にひとり親家庭支援団体がなかった。
 このような背景の中、東日本大震災を契機に、生活困窮者、子ども、母子、障害者の各分野の支援者や司法で活動する者が、分野横断的にひとり親家庭支援の必要性を共有し、協力して取り組むため、平成23年10月にインクルいわてを設立した。
 インクルいわてでは、平成24年10月から半年間、震災により影響を受けた女性及びひとり親を対象に、就労支援、生活支援、子育て支援を組み合わせた包括的就労支援を実施。スキルの習得のみならず、ひとり親家庭ならではの生活面や子育てサポート、心のケアも包括的に実施し、事業期間経過後も継続的に支援している。その結果、6人の対象者のうち4人が就労し、1人が簿記資格を取得し本格的に就職活動を開始する等、全員が社会参加を果たした。
 このほか、ひとり親家庭への継続的な支援として、ハンドケアを行いながら各種の相談に応じるリフレッシュ・エンパワーメント事業、親子が一緒に楽しめる季節の企画や習い事を体験できる「おひさまくらぶ」事業を実施している。
 また、ひとり親家庭の支援に携わる異なる分野の人々を対象とした「ひとり親家庭支援者養成講座」を開催し、多角的な支援の視点を身に付けた支援者の育成にも力を注いでいる。
 インクルいわての実施している活動が「中間的就労支援インクルモデル」として全国から注目されるとともに、政府の一億総活躍国民会議有識者ヒアリング等に招かれ、政策提言を行っている。
 さらに、平成27年度から、岩手県男女共同参画センター管理運営受託者として、これまでの活動で培ったネットワークを生かし、分野横断的連携による運営を開始している。
 インクルいわての活動は、ひとり親家庭の社会的な自立を支援しているのみならず、地域に居住する外国籍者やセクシャルマイノリティへの支援など、今後も活躍が期待される。

○第19回米百俵賞(平成27年6月15日表彰)
 受賞者 斎藤 惇夫さん(さいたま市)

受賞者 斎藤 惇夫さん(さいたま市)

(功績)
 斎藤 惇夫氏は、幼少期に祖母から越後の昔話をたっぷりと聞き、母親と小学校の担任の先生からは沢山の物語を読んでもらい、物語・本の楽しさを満喫し、自分でもごく自然に本に親しむようになった。
 その後、福音館書店で児童文学の編集者になり、また作家として「グリックの冒険」「冒険者たち ガンバと15ひきの仲間」「哲夫の春休み」など優れた児童文学作品を世に送り出した。
 氏は、本離れが進む現代において、子どもがテレビやインターネット、ゲームなど、あふれるほどある大量のメディアに対して無防備となっていることに強い危機感を抱き、幼少期においてはメディアに接する時間を極力減らし、多くの豊かな言葉や絵と触れ合うことが、心を育て、人間として生きて行くために、なによりも大切であると考える。そのためには、自身の経験から、身近なおとなからの、子どもへのすぐれた本の読み聞かせが、少なくとも十歳までは続けられることが大切であると説く。なぜならば、子どもたちが言葉を通して、物語の主人公とともに新たな世界へ旅立つためには、信頼できるおとなの付添い人を必要とするからであり、それがあって初めて、物語を生きた経験にすることが可能になると考えるからである。
 氏は、こうした想いを大学の学生、子育て世代や学校、図書館関係者にも広く伝えたいと考え、講演活動を通して、「子どもたちに本を読んでやることの大切さ」、「優れた物語を選ぶことの大切さ」を訴えかけた。氏の講演活動は、およそ40年前から開始。自身の作品が数々の文学賞を受賞することで講演の依頼も増え、最近では、全国各地で年間約6、70回の講演活動を行っている。また、さいたま市で毎月1回開催されている「浦和絵本大学」では、平成15年から講師として講演を行っている。
 氏は、子どもたちへの本の読み聞かせが広がることにより、子どもたちが心豊かな人間として成長して、未来の日本を支えていく原動力になることを願い、活動を続けている。
 新潟市中央区生まれ。新潟大学附属長岡小・中学校、県立長岡高等学校卒。

○第18回米百俵賞(平成26年6月15日表彰)
 受賞者 内藤 眞さん (新潟市)

受賞者 内藤 眞さん (新潟市)

(功績)
 内藤 眞氏は、ミャンマーの劣悪な医療事情を知ったことをきっかけに、現地の医療環境の改善に向け地道な支援活動を行った。
 現地訪問の際、安定した電気の供給が確保できない暗い病棟に患者があふれ、半世紀前の顕微鏡で病理診断をしている状況を目の当たりにし、また、現地の医師自身の給料を患者の治療費に充てている現状を知り支援を決意。内藤氏の活動に賛同し、100万円の寄附を受けたことを機に平成14年「ミャンマーの医療を支援する会」を設立し、活動を開始した。
 軍によるクーデター後に、同国への日本を含む世界各国からの支援が中断される中で行われた医療支援活動、特に、不足している顕微鏡等の医療器具、結核に対する薬剤、日本の最新の医学書等の物資の提供は、困難を伴うものであったが、現地にとってはかけがえのない活動となった。
 さらに、内藤氏は、平成15年のSARS(重症急性呼吸器症候群)の流行を機に、当時ミャンマーになかったインフルエンザ調査のできる体制づくりを画策し、同国保健省と提携し「ミャンマーのインフルエンザ研究拠点」プロジェクトを遂行、研究成果を世界発信できるようにした。内藤氏の働きかけにより、平成17年には保健省と内藤氏が教授を務める新潟大学との間で協力連携協定の締結に至り、継続的な活動の礎を築いた。
 以後、医学生物学ワークショップを両国で開催するなど、ミャンマーでの研究成果や日本の最新研究の発表を通じ、医療技術の向上や両国医師、学生の交流・親睦を深めるなど、場の創設にも尽力した。
 民主化に動き出したミャンマーに未だ残る厳しい医療環境に、内藤氏が作り上げたネットワークや行政と連携した取り組みが、現地の医師の活動を支え、多くの医師、学生の技術・意識向上、ひいては、同国の医療の質の向上につながっている。

○第17回米百俵賞(平成25年6月15日表彰)
 受賞者 小林 茂さん (長岡市)

受賞者 小林 茂さん (長岡市)

(功 績)
 小林 茂氏は、大学卒業後、ハンセン病や水俣病患者救済活動に関わる傍ら、映画制作を学んだ。平成4年に撮影した「阿賀に生きる」では、第1回JSC賞を受賞。当時、ドキュメンタリー映画が興行用の一般映画館で上映される先駆けとなった。全県下100箇所以上の自主上映に携わり、新潟県から映画を通して文化の発信をするともに、県内のネットワークを築いた。
 「阿賀に生きる」上映から20年を迎えた平成24年には、16ミリフィルムに再制作し、全国10か所以上でリバイバル公開。自ら16ミリ機材を貸出し、また、字幕や音声によるユニバーサル上映など誰もが映画を楽しめる方法を企画するなど、広く世に発信した。
 また、小林氏は平成6年、アフリカ・ウガンダのエイズ孤児たちを写真取材したことをきっかけに、アフリカの子どもたちと交流し支援を続けている。
 ケニアでNGO「モヨ・チルドレン・センター」を主宰する松下照美氏とともに、「子どもたちの家」を建設。アフリカの子どもたちの現状を広く知ってもらうため、ストリートチルドレンを描いた映画「チョコラ!」の上映と併せ地域での講演会活動も継続中である。独自に追求し続けた社会問題や人間の生き方をテーマにした講演内容は、小・中学生や保護者、教育関係者など、多くの聴講者から支持を得たほか、短編映画「放課後」の上映をきっかけに、各地で障害児を受け入れる学童保育所が増えたり、映画で紹介された学童保育所の指導員が、その後氏とともにアフリカに赴き子どもたちにカメラを向けるようになるなど、氏の活動は多くの人々が注視しているとともに、多大な影響を与えながら、現在も日々映画制作や地域内外での活躍を続けている。

○第16回米百俵賞(平成24年6月15日表彰)
 受賞団体 シルパカラ・アカデミー劇団 (バングラデシュ)

受賞団体 シルパカラ・アカデミー劇団 (バングラデシュ)

(功 績)
 シルパカラ・アカデミーは、国内外にバングラデシュの文化を発信するため、昭和49年に設立された国立芸術学院。
 平成18年3月、国際交流基金の活動の一環として、日本からバングラデシュに指導者である京都「すわらじ劇園」木村進次氏が派遣されワークショップを開催、戯曲「米百俵」を紹介したことをきっかけに、ドナルド・キーン氏の英文翻訳をベンガル語に翻訳し、アカデミーのゴラム・サルワー氏が脚本・監督し舞台劇に仕立てた。シルパカラ・アカデミー劇団は、同年8月に初めて公演が行われたのを機に、芸術院に属する若者が「米百俵」を上演する劇団として特別に立ち上げられた。構成は25人。侍装束に身をつつみ、手作りした衣裳や舞台装置、ちょんまげ姿で熱演しているベンガル人、すべてが当時の長岡を彷彿とさせるものであった。
 上演当初は、日本の戯曲をベンガル語の演劇で表現することに緊張しつつ、興奮して取り組んだ。指導を受けた者が後進を育てていく動きもあるなど、精進を重ねており、これが定期的に開催されていくことにつながっている。
 これまで、ダッカ以外の10都市でも公演が行われ、5年間で48回、観客動員数は延べ2万4千人を超えた。
 明日の国づくりを担う教育の重要性を問いかけた公演の内容は、バングラデシュの人々から共感を得ている。観劇した教師が、改めて教育の重要性を認識し熱心に授業に取り組むようになったり、また、私財を出して学校を運営している現地の人のなかには、「自分が行ってきたことに自信がもて、いつか教育を受けた若い世代が育ち、日本のようなすばらしい国になることが夢だ。」と語る人もいる。

○第15回米百俵賞(平成23年6月15日表彰)
 受賞者 片桐和子さん・昭吾さん (新潟市)

受賞者 片桐和子さん・昭吾さん (新潟市在住)

(功 績)
 ご夫妻は、平成9年の定年退職を機に、ボランティア団体・教育と環境の「爽(さわやか)」企画室を設立し、途上国の就学支援活動を始めた。県内でバザーなどを実施して寄付活動を行っていたが、平成10年、インドの国際協力NGO「ニューホープ」の代表、エリアザール・ローズ氏との出会いをきっかけに、インドのスタディツアーに参加した。
 そこで夫妻が見たものは、路上や駅のホームで危険と背中合わせの生活を強いられている、親のない子どもたちの姿だった。そして「この子どもたちを何とか助けなければ」という強い思いに駆られ、行動を起こす。
 平成15年、現地のローズ氏と協力しながら、ヤシの木が生い茂る広大な3万6千平方メートルの原野を確保し、丸ごと子どものための「憩いの村」の建設にとりかかった。最初に子どもたちが安心して眠れる宿泊施設、台所、食堂が完成した。
 夫婦2人で協力し、無謀とも言える計画をスタートさせたが、私財はたった1年で底をついた。新潟県内の企業や友人・知人300か所に寄付を訴えたが、「なぜインドなのか」とほとんど断られる。昭吾さんは再就職した警備会社の夜勤で、和子さんは手持ちの衣類を売るなどして、お金を工面した。
 その後、マスコミ等での訴えの効果もあり、全国からの寄付金も得て、自転車の修理やサンダル製造などを学ぶ職業訓練所、心がすさんでいる子どもたちを癒す瞑想センター、音楽堂、農園、バラ園、診療所、図書館などを次々に完成させた。
 平成21年からは新たに、学校建設の取り組みも始めた。現在学んでいる小さな教室は、机が足りず、子どもたちは土間に座って授業を受けている。「皆の机があって、たくさんの本が並んでいる・・・そんな教室で勉強させてあげたい。」片桐さんたちの思いに、新たな寄付団体も現れ、学校建設の夢が叶うこととなった。
 自身の夢とも語るこのような支援活動を、日本の未来を担う子どもたちに伝えるための活動も忘れない。長岡市国際交流センターや国際協力団体等と連携しながら、多くの子どもたちにインドのストリートチルドレンの実態を伝えている。

○第14回米百俵賞(平成22年6月15日表彰)
 受賞団体 NPO法人 日本ネパール女性教育協会(東京都文京区)

受賞団体 日本ネパール女性教育協会 (東京都文京区)

(功 績)
 平成8年の「日本ネパール国交樹立40周年記念シンポジウム」の開催を機に「ネパールの少女の教育について考える会」が結成されて以来、数次に渡りネパール周辺部の農村地域における少女の就学事情について調査が行われた。
 ネパールには義務教育がなく、学校に行ったことがない村人たちは、貧しい中で女の子には教育は必要がないという考えが根強い。村の少女は、水汲みや畑仕事などの家事一切を手伝う働き手として考えられ、就学率が極端に低い状況にある。
 「学校に行ったことがないし、読み書きもできない。将来の夢なんてとてもないわ。」と話す少女らの実態に胸を痛めた代表の山下氏ほかの「考える会」のメンバーは平成15年に会を「NPO法人日本ネパール女性教育協会」に改組し、ネパールの少女の現状を何とかできないかと模索し続けた。
 当会では、遠隔地域で女性教員が活躍することにより、彼女たちがロールモデルとして、少女にも教育が必要であることを村人に啓発してゆくことが効果的であると考え、教育から取り残されたり、貧しかったりする村から少女を選抜して2年間ポカラの大学で教職課程を学んでもらい、その後少なくとも3年間は自分の村で小学校の先生をしてもらうという取組「女性教員養成プロジェクト」を開始することとした。日本の師範学校制度の導入である。
 また、当会では、2年間の修学にかかる費用や3年間の勤務中の給与を補助するため、日本国内に「フォスターペアレント(里親)システム」を作り、里親からの寄附の下で少女たちが勉強できる経済的環境を整えた。
 平成17年在ネパール日本大使館から学生寮の建設費の一部として「草の根・人間の安全保障基金」を供与され、ポカラ・カニヤ・キャンパス(ネパールの大学)内に学生寮の建築に着手。平成18年8月に学生寮「さくら寮」が完成し、遠隔の村などを中心に募集した第1期女子学生10名が同キャンパスで教職課程の履修を開始した。現在は、4期生が入学し、3期生とともに、教職課程の履修に励んでいる。
 既に2年間の履修を修了した1・2期生の20名は、それぞれの出身地で教員として地域の少女の就学率向上のため奮闘を続けており、厳しい教育条件の途上国においても、少女たち誰もが小学校教育を受けられる土壌を作るために活動している。
 当会では、今後卒業生の赴任先への訪問やフォローアップ研修の実施を通じて指導助言に当り、卒業生がネパール遠隔地域の指導的立場の教員として成長できるよう支援を続けて行くこととし、10期100人の卒業生を輩出することを目指して活動している。

○第13回米百俵賞(平成21年6月15日表彰)
 受賞者 バイマーヤンジンさん (大阪府吹田市)

受賞者 バイマーヤンジンさん (大阪府吹田市在住)

(功 績)
 バイマーヤンジン氏が生まれ育ったチベットには、学校のない地域も多く、また、字が読めないなどの理由で経済的な貧困に苦しむ者や、不当な扱いを受ける者も多い。
 氏は国立四川音楽大学を卒業し、中国に留学していた日本人と結婚、平成6年に来日した。日本人とチベット人の外見はあまり違わず資源の乏しさも同じなのに、経済の力強さがまったく異なるのはなぜか。日本が発展した理由を考えた時、教育の大切さに思い至った。日本の技術力等の背景に教育制度とそれを育む環境があり、それが国民全体の素質を高めていることを知り、故郷に対して便利で近代的な生活道具などの支給支援よりも、教育による支援が、自立した将来のために重要であることを認識する。
 氏は故郷への初等教育普及のため、平成9年にチベット学校建設推進協会を設立し、小学校建設運動を開始する。チベットで小学校を1棟建設するのにかかる費用は、500万円から800万円。在日チベット人唯一の歌手としてチベット民謡を歌う氏は、費用を捻出するため、年間200回もの講演をこなしながら、日本各地を回った。多くの人々の支援もあり、蓄えた資金を学校建設に投じる。最初の小学校ができたのは平成11年。今日まで氏の援助により、小学校9校、中学校1校が開校し、現在3,000名の子どもたちが学んでいる。
 また、同時に奨学金制度も創設、チベット自治区にある三つの大学の成績優秀者45名に支給を継続している。
 また、昨年、発生した四川大地震では、発災後まもなく、自らが出資した100万円を元手に救済基金を設立。堺市や広島市、仙台市など約20か所で開いたコンサートや講演会場でも寄付を募り、被害を受けた子どもたちの学費支援や倒壊校舎の修復費を援助した。
チベットの文化、チベット語の普及・保存にも力を注ぐことも忘れない。チベット語の作文集を毎月100校の小学校に贈る運動を行っている。
 小泉純一郎首相が「米百俵」演説を行った日、氏は、真っ先に書店に並んで本を買い求めた。「私の実践してきた精神、そして、チベットに今、最も必要な精神とは、まさに米百俵の精神である。」いつか、チベットでの人材育成が花開くことを信じて、氏は活動を続けている。

○第12回米百俵賞
 受賞者 駿渓(するたに)トロペカイさん (茨城県つくば市)

 恵まれない環境にあるアフガニスタンの女性支援のため、「希望の学校」を設立し、ダリ語の読み書き、計算、裁縫、服飾デザインの指導を行っている。

 特別賞受賞団体 ホンジュラス国立演劇学校
 演劇「米百俵」の上演を通じ、中米諸国において教育の重要性を訴えるとともに、「米百俵」の精神の普及、国際親善に貢献している。


○第11回米百俵賞
 受賞者 ルダシングワ真美さん (ルワンダ共和国キガリ)

 内戦によって地雷などで手足を失った障害者のために、義肢装具の製作や無償提供、義肢製作技術者の育成など、幅広い活動を展開しています。


○第10回米百俵賞
 受賞者 後藤 文雄さん (東京都武蔵野市)

 カンボジアの子どもたちの里親となり就学させたり、現地に学校を建設するなどの活動を行っている。


○第9回米百俵賞
 受賞者 南 研子さん (東京都杉並区)

 広大なアマゾンの熱帯雨林と野生動物保護、インディオへの支援活動を続けている。


○第8回米百俵賞
 受賞者 山之内 義一郎さん (長岡市)

 都市部の学校の子どもたちにも身近に自然と触れ合い、豊かな感性を育んでほしいと学校の森づくり活動を支援している。


○第7回米百俵賞
 受賞者 高橋 一馬さん (千葉県市川市)

 アフリカ・サヘル地域の砂漠化防止と住民の食糧自給を目指し、植林などの活動を続けている。

 特別賞受賞者 近藤 亨さん (ネパール王国)
 ネパールの農村の活性化と青少年育成のため農業技術の指導や学校、病院建設などを行っている。


○第6回米百俵賞
 受賞者 村上 一枝さん (東京都武蔵野市)

 アフリカのマリ共和国で井戸の設置をしたり、識字教室を開いたりするなど、農村に暮らす人たちの生活改善を支援している。

 特別賞受賞者 相馬 英夫さん (新潟市)
 昭和62年、私塾「耕心塾」を開設。不登校等の児童・生徒を無償で受け入れ、自立のための指導を行っている。


○第5回米百俵賞
 受賞者 オーガスティン・アゾチマン・アウニさん (ガーナ国籍、長岡市)

 「教育こそ国の財産である。」という信念に基づき、出身地であるガーナの小さな村の初等教育の充実に傾注。平成13年には小学校の新校舎が完成し、その新校舎で授業が始まった。


○第4回米百俵賞
 受賞者 秋尾晃正さん (東京都練馬区)

 タイで最も貧しいといわれる東北地方の子どもたちの中学校進学を支援する「ダルニー奨学金」事業を続けるとともに、ラオスの子どもたちに対しても支援活動を拡大。

 選考委員長特別賞受賞者 寒川 孝久さん (徳島県北島町)
 絵の付いた点字という新しい分野を開拓し、目の不自由な子どもたちの豊かな心を育むとともに絵本の点訳者の育成に尽力。


○第3回米百俵賞
 受賞者 新潟国際ボランティアセンター(NVC) (新潟市)

 「新潟からの心の輸出入」をキャッチフレーズに、ベトナムにおける小学校の建設とその運営支援をはじめとする様々なボランティア活動を通じて、国際協力・国際交流を推進。


○第2回米百俵賞
 受賞者 スタニスラヴァ・シュラムコヴァさん (チェコ国籍)

 日本の武道・文化を母国・チェコ共和国に紹介し、両国の相互理解の促進に尽力。チェコ共和国・ハラデッツクラロベ市に「チェコ日本武道文化センター」の建設を進める。


○第1回米百俵賞
 受賞者 中野信隆さん (長岡市)

 インドネシアのスラバヤ電子工学ポリテクニックの設立と教育指導に尽力するとともに、独自の育英基金制度を創設。

 特別賞受賞者 浅香 恵さん (富山県小矢部市)
 子どもたちが素直で思いやりのある人に育ってくれることを願い、『誕生日には「ありがとう」を』を著し、各地で配布。

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